2012年3月19日月曜日

タヒチで生まれたハワイの神様もいるハワイとタヒチの相関関係をさぐる

タヒチアンとハワイアンの相関関係
 ー太平洋の島々はハワイ行脚がタヒチ案??ー
(ハワイ最新ニュース)3月15日から17日の3日間、ワイキキシェルで第10回目タヒチアン・ダンス・コンテスト「Heiva I Honolulu ヘイヴァ・イ・ホノルル」が開催されました。

ハワイでタヒチのダンス・コンテストなんてと思われる方も多いと思いますが、ハワイとタヒチは切っても切れない、相思相愛の相関関係が数百年も続いたって知ってましたか??

今回はこれについて、歴史を交えて、学術的に解明することにいたします。





(1)解明の鍵はビショップ博物館が握る。
タヒチとハワイの関係を解き明かすには、ショッピングの合間にでも、太平洋地域の自然や文化を伝える場所に行かれることをお勧め!!これもショッピングの1つといえないかしら、Be-Shop(ビ・ショップ 買い物をする)ってことで・・・


  

ビショップ博物館には、海を越えて人々がハワイに移り住んだころの様子から、カメハメハ大王を初めとして、ハワイ王朝歴代の王や后など、ハワイの多彩な歴史が展示されていま~す。

 

ここに、タヒチとハワイの関係が隠されている!!
ハワイに最初に人がたどり着いたのは、1795年にハワイ統一を果たしたカメハメハ大王からずっと前にさかのぼり紀元300年から400年ごろ。ハワイのずっ~と南にあるマルケサス諸島、クック諸島、タヒチなどから、人々がカヌーで何ヶ月もかけて渡ってきたといわれています。マルケサスの人々は太陽や月など、「丸がさす」方向を目指したのだぁ~!!

12世紀ごろにかけて、タヒチから集団で人々がハワイに移住し、タヒチーハワイ片道4千キロの海をカヌーで往復する熱い関係が続きましたが、14世紀にはなぜか途絶えてしまいまうのです。

現在伝えられているハワイ文化は、こういうわけでタヒチの文化が元になっているので、タヒチ語では「女」をヴァヒネVahine, ハワイ語はワヒネWahineという具合に言語も似通ったところが多々あるんです。


(2)相関関係が高じてか、タヒチ出身のハワイの神様が存在言葉が似通っているのはよしとして、タヒチ生まれの神様までもいるとなるとその関係はより密接ってことになりますね。ところが、あの有名な、嫉妬深い「ペレの女神」もタヒチ生まれだった・・・!!フランス領タヒチの昔昔、ペレが生まれてドンペレで乾杯なんてこと・・・ないですよね。

ペレはタヒチからニイハウ島にきますが、姉のだんな様を寝取ったことから怒りを買い、逃避行の旅へ。行き着いたマウイ島で殺されてしまい、彼女の魂はハワイ島に渡り、キラウエア火山のハレマウマウ火口に安住の地を得たとされている・・・。

ペレの動きとタヒチ人の民族移動ともいえるハワイ移住が似ているので、ハワイの歴史を口伝えに残しているうちに神話となったのではないかといわれているとか。

クヒオビーチ交番の隣にある「ウィザード・ストーンズ・オブ・カパエマフ」(写真左)という、4つの大きな癒やし石もまた、タヒチ出身。

カパエマフ、カハロア、カプニ、キノヒという4人の祈祷師がタヒチからやってきて、「癒やしの力」をこれらの石に宿したという言い伝えが残されている・・・。「卑しい」身分かと思ったら、タヒチからの神で、「癒し」をもたらしてくれて・・、

さあ、これでタヒチとハワイの切っても切れない因果関係が大きく浮かび上がったのではないでしょうか。

(3)言い伝えを実証でより強固に!!
1975年アメリカ建国200周年記念行事の1つとして建設された「ホクレア Hokulea= 希望の星」というカヌーは、ポリネシア時代にさかのぼり、当時の航海術(太陽や月、南十字星などの星や鳥など自然現象で航海する)でハワイからタヒチへの航海(Voyage)を達成させ、言い伝えを実証に。

その後「ホクレア」号は2007年、ミクロネシアから、沖縄、長崎、広島、横浜などに来たのを覚えていますか。もしタヒチの移住が14世紀に途絶えなければ、日本にもたどり着いて、その後行き来したりして・・・・???

これで、ハワイとタヒチの切っても切れない関係が実証されたわけで、ハワイでタヒチのダンスコンテストをするっていうこと、意味があるとご理解いただけたでしょうか。

タヒチアンダンスは、女性が「モレ」と呼ばれる腰みのをつけて、腰を左右に激しく振るタイリ・タマウ(Tairi Tamau)や、円を描くように腰をまわすファアラプ(Fa'arapu)が有名ですが、他にもいろんな踊り方があって、フラと似ていることに気づかれることでしょう。
アパリマ(Aparima)と呼ばれる踊りは、Apaとは 「動き」 Rimaは 「手」 を意味し、 タヒチアン音楽に合わせて、しなやかな手の動きで手話のように歌詞を伝える踊りです。

ハワイのフラダンスは、手を魚に見立てたり、やしの木、月、虹、雨や風になって、歌詞を繊細な手の美しい動きで伝える点、かなり似ていますね。

またアフプロツ(Ahupurotu)という踊りは、アパリマをもっとゆっくりとしたダンスのことで、フラと大変似ているように思います。今回金曜日に観戦したコンテストでは、これらの踊りが中心になって、優雅な雰囲気をかもし出していました。

そういったところが日本人にも受けて「Heiva I Japan ヘイヴァ・イ・ジャパン」として日本でのコンテストもあり、それが6回も続いている理由かもしれません。 
    
写真左:クウレイナニ橋本先生のグループによる Tupuna Ahupurotu  写真右:大阪のカプア・ハウオリ・新井/プアラニ西田先生のグループによるVahine Aparima

     
写真左:クウレイナニ橋本先生のグループによるVahine Ahupurotu 写真右:同グループのWahine Aparima


  
以上 姫庵

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